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ティレルP34(tyrrell P34)現存する1976年の6輪F1マシン (タミヤ所蔵)

マシン写真
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こんばんはハッピーサトさんです。

今日は1976年シーズンを走ったティレルP34tyrrell P34)のマシン写真紹介です。

 

2017年に東武百貨店池袋店で開催された「タミヤモデラーズギャラリー」で実車を見ることが出来ました。

この現存車両を所有しているタミヤ様には大感謝です(T T)!

ティレルP34 ウィキペディアの解説

私がこの有名なティレル6輪F1マシンを初めて見たのは、1990年代フジテレビF1中継のオープニングCG。

CGのマシンは1976年日本GP仕様の「たいれる」になっていた・・・かな?

とにかく、私(当時小学生)には近未来マシンのように映り心躍った事を覚えてます。

それでは写真を見て行きましょう^^!

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ティレルP34 フロント

写真の車はカーナンバー4番、パトリック・デュパイエのマシン。

1976年F1・イン・ジャパン(富士)では「たいれる」、「しえくたあ」「どぱいえ」と表記されていた。

大人になって見ても、このマシンの特別感・近未来感は半端ないですね☆

 

ティレルのマシン型番は1970年のティレル001からスタートし007まで連番で続いていた。

しかし、この6輪車は別枠プロジェクトとして型名がProject 34(P34)となっている。

この6輪車を考えた設計者はデレック・ガードナーで、ティレルのオリジナルマシンであるティレル001から設計を担当してきた。

コックピット両サイドの小窓は、ドライバーが運転しながら前輪の状況を確認するために設けられたもの。

右側の小窓下には、シフトチェンジ時に手がコックピット内で当たらないよう「ふくらみ」が設けられている。

ちなみにこの小窓は徐々に巨大化し、写真のふくらみ部分まで窓が大きくなってシフトレバーが見えるほどだった。

 

スポーツカーノーズの先には5本のステーで吊られたチンスポイラー。

ノーズ横へ空気が逃げずにダウンフォースが発生するよう翼端板がデザインされている。

前輪はティレルP34専用に作られたグッドイヤーの小型10インチタイヤ

フロントタイヤがスポーツカーノーズで隠れる形となり、タイヤに空気がぶつからずマシン後方へスムーズに流れてゆく。

フロントでの空気抵抗削減により馬力換算で40馬力アップし、ティレルマシン比較テストではストレートで4輪車よりも速かった。

前輪が特殊な小径サイズのため後輪(標準サイズ)が異様に大きく見え威圧感がある。

ティレルP34 前輪部分

ブレーキの冷却は、フロントタイヤの前側はスポーツカーノーズのNACAダクト(ホースが繋がっている)からの空気で冷却。

一方で、後側はぴょこっと飛び出たブレーキダクトからの冷却になっている。

サスペンションのスプリングは車体の外側にレイアウト。

このP34の前輪は特別な小型サイズ(10インチ)で回転数が多くなるため、非常に硬いコンパウンドのものでグッドイヤーが専用に開発。

P34設計者のデレック・ガードナーは当初さらに小さい9インチで計画しグッドイヤー側を説得していたが、10インチなら開発するという事で落ち着いたとの事。

ちなみに前輪4本の舵角(切れ角)に関して、普通に考えれば後側の方が舵角がゆるくなるはずなのだが、前側・後側ともに同一の舵角での設計

その理由としては、前側と後側の舵角を同一にすることでタイヤのよじれを発生させて、タイヤが発熱しやすくするため。

 

下の動画(YouTube)ではカウルを外した状態のP34で、デュパイエがモナコ市街地コースをドライブして解説してくれている。

スポーツカーノーズ先端にもカメラのBOXが装着されているのが見える。

↓コチラは見下ろし撮影でフロントの4輪それぞれの動きが見れる貴重な映像^^

↓コチラはステアリングが見えるオンボード映像。

時々後方を映し出すのですが当時のフィルムの撮影カメラ(昔の8ミリカメラのデカいやつがグルグル巻きで固定)が見える。

↓こちらはジャッキー・スチュワートがP34を試乗解説している動画で、F1をドライブするのは1973年アメリカGP予選以来。

F1復帰はあるんですか?とのインタビューに答えるシーンも。

アメリカGPでの引退理由が愛弟子フランソワ・セベールの事故死のため、復帰についてインタビューするのは勇気がいりますよね・・・。

P34フロント6輪車は操作性、コーナリング開始時のくいつきが格段に良かった。

一方で、4本の各タイヤがバタついたりブレーキング時にロックしフラットスポットができやすかったと、当時のドライバーであるジョディ・シェクター(しぇくたあ)が語っている。

それと恐ろしい話は、足回りのサスペンションユニットの剛性が不足していて、しなったり曲がってしまい毎回キャンバーを調整していたとの事。

1970年代はロータスをはじめ色々なマシンでの剛性不足が指摘されていた・・・。

この時代は事故が死に直結するような時代でしたが、まさに度胸で走っていたようなものですね><

ティレルP34 リア

斜め後ろから見てみるとリアタイヤが本当にぶっとく巨大に見える。

リアホイール部分はスポークと穴があるわけではなく、お椀状にくぼんでいるだけ。

後輪ブレーキも現代と違いホイール内側(アウトボード)ではなく車体側(インボード)にレイアウトされていて、トランスミッション脇にブレーキディスクが確認できる。

マシン最後部、エキゾーストパイプとリアウィングのステーなど。

翼端板の下部にあるロゴ「KONI」は1857年創業オランダのショックアブソーバー(ダンパー)メーカー。

ティレルP34 エンジン(フォード・コスワースV8)

エンジンはフォード・コスワースDFV(V8 自然吸気)。

最大出力は465馬力で、最高回転数は10,500rpm。

この1976年当時は、ほとんどのチームがこのフォード・コスワースを搭載して参戦していた。

違うエンジンを載せていたのは4チームで、フェラーリのフェラーリ水平12気筒、ブラバムのアルファロメオ水平12気筒、リジェのマトラV12気筒、スタンレーBRMのBRM・V12気筒のみ。

トランスミッション脇にインボードブレーキのディスクが見える。

ラジエーターはマシン後方(後輪前)に位置。

この頃はエンジンカウルが無くエンジンむき出し、エンジン底部分もむき出しでフロアパネルがなかった時代。

気流は乱れまくっていたでしょうね^^;

F1界に本格的なエアロダイナミクス重視の開発・投入がされたのはこの1年後の1977年、グラウンドエフェクトマシン(マシン下面をウィング状にする)であるロータス78登場により加速していった。

 

そして、グッドイヤーのタイヤ開発も当時強さを見せていたロータス、そしてグラウンドエフェクトに耐えられるようなタイヤ開発へと向かっていた。

一方、ティレルP34の速さを支えた特注小径タイヤの開発は消極的なものとなっていく。

その結果、開発・改善が継続していたリアタイヤのグリップの強まりとは逆に、開発が停滞したフロントタイヤによりアンダーステア傾向が強くなり苦戦。

 

アンダーステア対策として前方へ荷重を移すためにフロントラジエターへと変更するといった工夫などもされた。

しかし、最終的に翌1977年にはフロントタイヤがスポーツカーノーズからはみ出るまでワイド化されるなど当初のコンセプトから大きく外れ迷走してしまう・・・。

ティレルと日本の縁

この6輪ティレルは非常にファンをワクワクさせるマシンでしたが、チームオーナーのケン・ティレルさんも日本人にとってはなじみ深いですよね。

日本信販のCMにはケン・ティレルと柴田恭兵さんが共演してましたし^^

中嶋悟さん(1990~1991年)、片山右京さん(1993~1996年)、高木虎之助さん(1998年)といった日本人ドライバーがティレルに在籍した。

また、エンジンも日本製のホンダエンジン(1991年)やヤマハエンジン(1993~1996年)を搭載し、90年代は日本のスポンサーが多くついていた。

1997年にはケン・ティレルと中嶋悟さんとのタッグでF1に参戦し、その後の展開が楽しみだったのですがBARに買収されチーム消滅となってしまった。

さいごに

今回、写真紹介したティレル P34はプラモデル製品化にあたってタミヤが所有した1976年のマシン

普段はタミヤ本社の1階でロータス91フォード(1982年)、ロータス102B(1991年)とともに展示されていて見学可能。

今回はティレルP34のプラモデル化40周年となり初めて本社外での展示となった。

 

ティレルP34に関しては、2019年の鈴鹿サウンドオブエンジンで実車デモランが行われている。

この時のマシンは1977年のP34で、元F1レーサーのピエルルイジ・マルティニが所有しているもの。

私もいつか実際に走っているティレルP34を見てみたい!

それではまた^^

ティレルP34のマシン解説が掲載されている私の愛読書

貴重なティレルP34の運転映像(コースはモナコ)が収録されているDVD

ロータス79(1978年)やリジェマトラ(1978年)なども収録されてて大興奮^^!

↓F1レジェンドマシン大集合↓

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