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アイルトン・セナのヘルメット写真と事故死因の関係

GP日記
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こんにちは、ハッピーサトさんです。

1994年5月1日にサンマリノGP(イモラ・サーキット)のタンブレロでアイルトン・セナが亡くなってから27年。

あの事故から時間は相当経過したけれど今でもセナの表情や走りは鮮明に覚えている。

一つの時代を象徴する存在だったし、F1というスポーツの知名度を世界的なレベルに高めた一人だった。

しかし、アイルトン・セナが亡くなった事故原因死因については今でも謎が残ったままとなっている。

今日はアイルトン・セナの着用していたヘルメットの写真紹介、そしてサンマリノGPでの事故死因とヘルメットについての話です。

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アイルトン・セナの着用したヘルメット

アイルトン・セナが着用していたヘルメットのデザインは、1984年トールマンでのF1デビュー時から最後のレースとなった1994年のサンマリノGPまで基本的に変わっていない。

イエローをベースに、グリーンとブルーのラインが入るブラジル国旗カラーになっている。

ただ、1985年と1986年のJPSロータス時代は蛍光色に近いイエローが使用されていた。

カート時代からセナをスポンサードしていたブラジルのナシオナル銀行(NACIONAL)。

ヘルメット正面と両側面の目立つ場所に必ずロゴがあり、また、セナがよく着用していたブルーの帽子にもNACIONALのロゴが入っていた。

ナシオナル銀行はブラジル国内大手の銀行だったが、セナが亡くなった翌年1995年にユニバンコ(UNIBANCO)に吸収された。

右側から。

バイザーにアイルトン・セナ(1991年)のサインが入っている。

このヘルメットは2010年お台場モータースポーツフェスティバルで撮影しました。

こちらも1991年のヘルメットで、ツインリンクもてぎのホンダコレクションホールで撮影したもの。

 

以下は1988年から1991年までの時系列のヘルメットで、The F1展(華麗なるフォーミュラ・ワンの世界)というイベントで撮影したものです。

1988年のヘルメット
1989年のヘルメット
1990年のヘルメット
1991年のヘルメット

アイルトン・セナのヘルメットと事故死因の関係

これまでアイルトン・セナを守ってきたヘルメット。

しかし、1994年のサンマリノGPタンブレロでコンクリートウォールに激突し亡くなってしまった。

セナの死因については検死解剖の結果から「激突により致命的な脳損傷(頭蓋骨の陥没など)を負った為」と発表されている。

アイルトン・セナの親友でもあったシド・ワトキンス医師は、事故現場に直行したがセナが頭部に致命的な損傷を負っているのを確認し亡くなったと判断していた。

また、ヘルメットを脱がせたがセナの前頭部(額)は酷い状態で、鼻からは血液と脳物質が出ていたという。

His forehead was a mess and, more worryingly, blood and brain matter was seeping from his nose.

SportsPro: Sport’s money magazine (archive.org)

タンブレロの事故後のセナのヘルメットのバイザー部分(ミニカー写真の赤マル箇所)には鋭利なもので切りつけたかのような傷跡等が残っていた。

イタリア現地モータースポーツ誌では、吹き飛んだフロントタイヤのサスペンションアームの先端部分がバイザーを突き破ってセナの脳に達した事が死因と報じ、血まみれのヘルメットや折れたステアリングシステムの写真を掲載した。

FIA会長だったマックス・モズレーも「セナの死因はサスペンションのパーツが突き刺さったため」とサンマリノGP後の会見で語っている。

イタリアでのセナ事故死裁判では、パッサリーニ検事も「ヘルメットとバイザーの境にフロントサスペンションの突き刺さった穴があった。検死の結果、死因は脳の傷と判明」と説明している。

The Senna Filesでは事故後の実際のヘルメット、ステアリング、車体などの写真を掲載している。

ヘルメット(バイザー)貫通跡の写真 The Senna Files

ただ、このヘルメット(バイザー)貫通説にも疑問の声も多い。

F1レースを取材してきた日本人ジャーナリストの尾張氏は、遺体安置所で亡くなったセナに対面している。

脳や内臓からと思われる耳や鼻の穴からの出血跡、腫れ上がった頭部や頸部、変色などを目の当たりにし変わり果てたセナの姿にショックを受けたという。

ただし、尾張氏が見たセナの顔にはサスペンションアーム等による傷跡・穴のようなものは無かったため、サスペンションが突き刺さったという説は信じ難いと述べている。

 

そのベル社が製造したヘルメットは裁判の証拠品として保管されていたがセナ事故死裁判後に返却されたのち焼却廃棄。

セナが事故時に乗っていたFW16もウィリアムズに返却され完全に破壊されて廃棄されている。

さいごに

アイルトン・セナの事故の真相には謎が多く残っている。

死因については、衝突時の衝撃によって脳に致命傷を負ったという事はハッキリしている。

ただ、その脳損傷がヘルメットがウォールや吹き飛んできたフロントタイヤとの激突によるものという説もあれば、サスペンションパーツがヘルメットを貫通して脳に達したという説もある。 

また、事故原因についても裁判ではステアリングコラム破損によりコントロールを失ったとされているが、どの時点で破損したのか等について今となっては解明できない。

 

裁判の証拠として提出されたセナのオンボード映像も、5カ月の「紛失期間」を経たうえ、激突の0.9秒前で途切れた状態のものだった。

真相を探りたくなるが証拠品やデータを直接確認できるわけでもないし、書籍やネット上の情報を確認するしかない。

そして、そういった情報は調べれば調べるほど謎が深まる。

新たな事実が出てくることはないだろうけれど、アイルトン・セナの事は毎年思い出し続け考えたい。

それではまた。

↓参考元↓

セナのタンブレロ事故時のテレメトリーデータやセナ裁判の詳細あり

尾張氏が遺体安置室でセナの姿を見たときの様子の話が載っている

川井さんが語る94年サンマリノ、サスのヘルメット貫通説の否定についての尾張氏の論証あり

アイルトン・セナ – Wikipedia

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