F1チーム撤退の歴史 最速で撤退したチームはどこだ

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こんばんはハッピーサトさんです。

F1は新規参入するにしても参戦継続するにしても膨大なお金のかかる世界。

名門のフェラーリ、マクラーレン、ウィリアムズのように40年以上もF1界で活動を継続しているチームもある。

しかし、一方で電光石火で撤退するチームもある。

F1は参入と撤退の歴史を繰り返す世界。

今回は短期間でF1から撤退したF1チームをランキング形式で振り返ってみたいと思います。

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F1チーム撤退スピード・ランキング(出走GP順)

早速ですが、F1から最速で撤退したチームを20位まで紹介していきます。

ここではF1中継がフジテレビで放送され始めた1987年から現在までのチームから集計しています。

それでは最速で撤退したチーム順に見て行きましょう!

ランキングチーム名参入年撤退年参戦年数出走GP数備考
1位ローラ1997年同年1 年 1戦開幕戦はポールのタイムから10秒以上遅く107%ルールにより予選落ち。第2戦直前にスポンサーを失ったことで使用料を払えずエンジン供給ストップ。シャシー開発・供給してきた名門ローラが独立チームとしてはまさかの1戦のみで資金難スピード撤退。
2位アンドレアモーダ1992 年 同年1 年 9戦コローニを買収しF1参入、保証金を納めなかったトラブルから開幕戦を出走できず。予備予選出走を渋ったり、チームオーナーの逮捕などもありFISA(現FIA)がアンドレアモーダに対してF1からの追放処分を下した。
3位ライフ1990 年 同年1 年 14 戦W型12気筒の自社エンジンを搭載したマシンで新規参入。設計不良で重すぎる上に馬力不足、終盤2戦はジャッドV8エンジンに乗せ換えるも資金難もあり日本GP前に撤退。
4位モデナ1991 年 同年1 年 16戦地を這うような特徴的なサイドポンツーンが印象的なマシンで、ランボルギーニ社の協力を得て参戦しランボルギーニ製V12を搭載するも成績は振るわず1年で撤退。
ヴェンチュリー1992 年 同年1 年 16戦前年に倒産したラルースに対しヴェンチュリーが資本投入し再生支援。しかし、同年にヴェンチュリーが資本撤退、翌年から再びラルースへ。
6位ブラウンGP2009 年 同年1 年 17戦F1撤退を決めたホンダのチームをロス・ブラウンが「1ポンド」で買収しF1参入。開幕戦決勝いきなり1・2フィニッシュ、ジェンソン・バトンが年間王者、コンストラクターズタイトル獲得したがメルセデスに売却。
スパイカー2007 年 同年1 年 17戦オランダの高級スポーツカーメーカーのスパイカーがミッドランドF1を買収し参入。インド実業家のビジェイ・マリヤらに買収され翌年フォースインディアとなる。
8位ミッドランドF12006 年 同年1 年 18戦投資会社ミッドランドグループ(ロシア)がジョーダンを買収し参入。型落ちのジョーダンのマシンをアップグレードしたマシンの戦闘力は低く、スパイカーに買収され撤退。
9位シムテック1994 年 1995 年 2 年 21戦 1992年に破産したマーチのスタッフを集めF1参入。ローランド・ラッツェンバーガーの事故死や資金難から1995年のカナダGP前に撤退。
マノ―2016 年 同年1 年 21戦前年までのマノ―・マルシャからチーム名称を変更し参戦。資金難からチーム売却先を探していたが見つからず破産し消滅。
11位オニクス1989 年 1990 年 2 年 26戦F3000でステファノ・モデナがチャンピオン獲得しF1へステップアップ。1989年にステファン・ヨハンソンが3位表彰台に上がるなどしたが、翌1990年にメインスポンサーであるマネートロンの詐欺告発・逮捕もありチーム体制が弱体化しハンガリーGPを最後に撤退。
12位フォルティ1995 年 1996 年 2 年 27戦F3、F3000からF1へステップアップ参入。資金難から使用料支払いが滞りエンジン供給がストップ、ドイツGP前に撤退。
13位フォンドメタル1991 年 1992 年 2 年 29戦オゼッラを買収しF1参入、1991年は1台体制で参戦し1992年は2台体制で参戦したが資金難から撤退。フォンドメタルはホイールメーカーでF1チームにも供給していた。
14位リアル1988 年 1989 年 2 年 32戦1台体制でF1参入。2年目は2台体制で臨んだが予選不通過で成績不振。リアルはドイツのホイールメーカー。
レイトンハウス1990 年 1991 年 232戦1987年から提携していたマーチを買収し参戦。エイドリアン・ニューウェイ開発のマシンでイヴァン・カペリがフランスGPで2位を獲得するなどしたが、チームオーナー赤城明の不正融資逮捕、バブル景気崩壊によるレイトンハウス自体の業績悪化により撤退。
16位パシフィック1994 年 1995 年 2 年 33戦F3000制覇からF1へステップアップ参入したが初年度から資金難状態で2シーズン戦ったのち撤退。以降は格下のF3000などに参戦。
17位レーシングポイント2019 年 2020 年 2 年 38戦資金難のフォースインディアを資産家ローレンス・ストロールが買収し参入。また、ローレンス・ストロールがアストンマーティンの大株主になった事から2021年からはアストンマーティンへとチーム名が変更となった。
ロータス2010 年 2011 年 2 年 38戦当時ロータスを名乗るチームが2つ現れ訴訟問題に発展。2012年からは代表トニー・フェルナンデスが買収していたケータハムにチーム名称を変更。
ヴァージン2010 年 2011 年 2 年 38戦フォーミュラールノーやユーロF3で活躍したマノ―を母体として新規参入。風洞施設を使わずシミュレーションのみで設計されたマシンを投入し注目された。2012年からはマルシャにチーム名称を変更。
20位ユーロブルン1988 年 1990 年 3 年 46戦1988年設立のチームでメインスポンサーがないまま参戦。成績不振と資金難から1990年の日本GP前に撤退。
※基本的にはコンストラクター名ではなくエントリーチーム名を元に集計しています

F1から最短で消えた名門チーム

最速で撤退したF1チームの第1位はローラでした!

前代未聞の参戦GP数まさかの1戦のみ!

う~ん、1987年からF1をがっつり見続けているけど・・・

 

このローラの事は全く記憶に残っていませんでした><!

撤退背景はチームのメインスポンサー「マスターカード」がたったの1戦だけで手を引いてしまい資金の後ろ盾を失った事だった。

出典:Lola T97/30 • STATS F1

とは言ってもローラと言えばフォーミュラーマシンを製作する名門メーカーで、F3000・フォーミュラーニッポンやチャンプカー(CART)・インディカー、そしてF1チームにシャシーを供給していた。

F1ではハース(1985年)、ラルース(1987年~1991年)、スクーデリア・イタリア(1993年)にシャシーを供給。

そしてついに1997年にローラが単独チームとして開幕戦予選を走ったものの、劇的にマシンは遅く2台揃って予選不通過(107%ルールを通過できず)。

たった1戦のみの参戦、しかも決勝グリッドにつくことも出来ずに撤退、名門としては悲しすぎる結末でした。

所属していたドライバー2人(ヴィンセンツォ・ソスピリとリカルド・ロセット)も「え?嘘だろ!?」と驚いたに違いありません。

リカルド・ロセットはF1では計33戦(1996年フットワークで16戦、1997年ローラで1戦、1998年ティレルで16戦)を走った。

一方のヴィンセンツォ・ ソスピリは、このローラでの1戦のみでF1から去り、他カテゴリ(インディ、カート、ル・マン)へと活動の場を移した。

珍しい理由で撤退したチーム

撤退スピード・ランキング第2位はアンドレアモーダ

先ほどの撤退ランキングやローラの件でもわかるように、撤退理由の大半は資金難によるもの。

そのような中、1992年に参戦したアンドレアモーダの撤退理由は「F1界から追放処分」というものでした。

衝撃的な響き「追放処分」まさに前代未聞ですね^^;

F1チームのコローニを買収しF1参入したアンドレアモーダも、資金面で開幕当初からトラブっていました。

トラブルというのはFISA(現FIA)に決められた保証金を支払わなかったため開幕戦出場を許可されなかったり、余計な経費をかけないよう?予備予選出走を渋ったりというものでした。

しかし、撤退にとどめを打ったのはベルギーGP会場でチームオーナーのアンドレア・サセッティが公文書偽造で逮捕されたことだった。

この件でFISAはF1の信用を失墜させたとしてアンドレアモーダに対して追放処分を下した。

アンドレアモーダは真っ黒のマシンでカッコイイなとは思っていたのですが・・・

 

でも真っ黒のマシンで強かったのはやはりJPSロータスとザウバーですね^^;

ファーストドライバーは1990年にベネトンで2位表彰台も獲得した実力者ロベルト・モレノ。

ブラジル出身のモレノは過去在籍したチーム(コロー二、ユーロブルン)でも予備予選不通過ばかりのシーズンを過ごす。

アレッサンドロ・ナニーニの代役でベネトンで活躍したがシーズン途中に新星ミハエル・シューマッハにシートを奪われる形に・・・

1995年には新規参入チームのフォルティに加入するも、リタイアの連続でとても満足に走れるマシンではなかった。

チームにもシートにも恵まれなかった超苦労人モレノはインディカー・CARTへ活動の場を移すことになった。

参入年にチャンピオンを獲得し撤退したチーム

最速で撤退したチーム第6位はブラウンGP

2009年にF1参入しデビュー戦の開幕戦オーストラリアGPでいきなりポールポジションと優勝を勝ち取ってしまった。

その後も勝利を重ねジェンソン・バトンが年間王者、さらにコンストラクターズタイトルを獲得してしまった。

速さも信頼性もあるマシンだったが当初主なスポンサーはヴァージンのみで財政面では苦しかったはずだが、好成績を重ねるとともにスポンサーは増えていった。

しかし同年秋にはメルセデスに売却することが決まり1年でブラウンGPは撤退となる。

新規参入、ダブルタイトル獲得、そして撤退、最高の勝ち逃げではないでしょうか^^;

 

ロス・ブラウンはホンダからチームを「1ポンド(約150円)」で買収したが、撤退時には「1億1千万ポンド(約150億円)」でメルセデスに売り渡した。

う~ん、このブラウンGPの躍進劇は複雑な気持ちでした・・・

 

ホンダは好実績を残せずリーマンショックの余波をうけF1参戦第3期からの撤退を決めた。

 

しかしブラウンGPのエンジンはメルセデスだが、マシンはホンダが開発設計したようなもの・・・

 

タラレバで考えるときりがないですが、ホンダがあと1年F1に残っていれば王座についていたのかも、なんてホンダに対してモヤモヤ悔しい気持ちを抱きました。

 

そんな事もあり、第4期の最終年はレッドブル・ホンダでぜひ勝ち逃げして頂きたい^^;

さいごに

という事で今回はF1チームの撤退スピード・ランキングでした。

とにかく撤退の背景はだいたいの場合「資金難」という事になります^^;

まずF1に新規参入するためのエントリー料(供託金)で約50億円(2021年以降は約200億円)という高いハードルがそびえ立つ。

さらにマシンの開発・製造費や、チーム運営費、さらに世界各国を転戦・輸送するための旅費も必要になり、年間で200億?ほどかかるともいわれる。

確か・・・スーパーアグリでF1新規参入した鈴木亜久里さんが

 

1週間で2億円が消えていく世界」と仰っていました・・・恐

まず参入するだけで桁違いのマネーが吹き飛ぶうえに、大きなスポンサー・パートナー料、好成績を残し分配金を得られなければ即赤字状態になってしまう世界。

 

2026年のパワーユニット規定の変更に合わせてアウディ・ポルシェの参入も噂されている。

その頃どのようなチームが参入していて、どんな勢力図になるのか現時点では全く分かりません。

その前にマシンデザインが大きく変更となる2022年にガラッと勢力図が変わる可能性もある。

急速に変化するF1の世界に取り残されないよう、私たちもしっかりとついていきたいですね^^;

それではまた^^

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