北炭夕張炭鉱の石炭産業遺跡めぐり(立坑櫓・坑口跡・大煙突など)

その他
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こんにちはハッピーサトさんです。

今回は北炭夕張炭鉱の石炭産業遺跡(立坑櫓・坑口跡・大煙突など)を巡ったときの写真を紹介していきます。

今回紹介する夕張炭鉱(一鉱・二鉱)は1890年に開坑し年間で約200万トンを産出、幾多に渡る炭鉱事故を経て1977年に閉山。

写真は2007年4月に訪問し撮影したものです。2007年当時はこんな感じだったんだなぁと見て頂けたら幸いです。

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立坑櫓(石炭博物館)

北炭夕張炭鉱 立坑櫓
石炭博物館の立坑櫓

石炭の歴史村にある高さ27.5メートルの赤い立坑櫓

この立坑櫓はこの場所(夕張炭鉱・二鉱エリア)で実際に稼働していたものではなく、石炭博物館が開館した1980年当時に最新鋭炭鉱だった清水沢地区の北炭夕張新炭鉱の立坑櫓をモデルに作られたシンボルタワー。

立坑櫓やホッパー遺跡を見ると、石炭がエネルギーを支えていた時代へとタイムスリップした気持ちになりますよね。

北炭夕張炭鉱 立坑櫓

↓石炭博物館の展示と遊園地跡↓

坑口跡(北炭夕張炭鉱 二鉱)

天龍坑坑口

北炭夕張炭鉱 坑口
天龍坑坑口

赤茶色のレンガ造りが鳥居のように美しい坑口の天龍坑。扁額に「坑龍天」と彫られている。1900年に開坑され1938年まで石炭の採掘がおこなわれていた。

天龍という坑名の由来は天龍川(東海)にあり、ガス炭塵爆発や火災などの事故を避けたいとの想いから河川名をとっていたそうです。

1938年にはガス炭塵爆発により161名が犠牲となる大事故が発生し採炭が中止になった。無機質なコンクリート密閉ではなく、赤茶色のレンガが使用され密閉されていた。

北炭夕張炭鉱 坑口
天龍坑坑口

先ほどの天龍坑は資材用斜坑で、すぐ右隣にあるこちらは人車用の斜坑坑口になっている。ガス抜きの管が密閉のためのレンガ壁中央から繋がっている。

この人車の斜坑坑口は外側に張り出した壁(ウィング?)も美しいですよね。

 

密閉から80年以上たつけれど、坑内からはまだどのくらいガスが出続けているんでしょうかね。

史跡夕張鉱坑口

北炭夕張炭鉱 坑口
史跡夕張鉱坑口(模擬坑)

石炭博物館から地下にもぐり実際の坑道を約200メートル歩いて見学できる史跡夕張鉱(模擬坑道)出口。

天龍坑のすぐ隣にある坑道で鉱員の訓練・育成のために実際に使われていた。また、皇族など賓客を迎え見学させるために坑道が整備され、石炭博物館がオープンした1980年頃からは一般開放されるようになった。

北炭夕張炭鉱 坑道

出口付近は明るく坑内のレンガ壁やトンネルを支えるアーチ鉄骨や木材が見える。

坑内湧水で坑道が水没することを避けるために、現在でも年間800万円もの電気代をかけてポンプで水を排出して坑道を維持しているらしいです。

2019年4月、この坑道で火災が発生し鎮火させるための注水作業で坑道が水没。約1か月後に鎮火発表されたが、安全性の確認などから模擬坑道の見学はまだ再開されていない。

↓当時のHTBのニュース映像↓

※2023年度に再開を目指しているとの事。

北炭夕張炭鉱 大露頭
石炭の大露頭

天龍坑と模擬坑の坑口すぐ横、地表に石炭層が露出している石炭大露頭。5000万年前(新生代古第三紀)の地層にあたるそうです。

この石炭大露頭は、夕張炭鉱のこの二鉱エリアでまだ現役で採炭されていた1974年に北海道指定天然記念物になった。

北炭夕張炭鉱 大露頭

触ってはいけないので近くによって見るとツルツルの表面。模擬坑道の中でもり実際の石炭層を見ることが出来ますが明るい場所で見ると良く見えますね^^

まあしかし、5000万年前の地層を間近で見れるなんて凄い。

石狩坑坑口

北炭夕張炭鉱 坑口

石狩坑坑口。こちらも河川名から坑口名が付けられていて石狩川(道内)が由来になっている。

石炭の歴史村の遊園地(アドベンチャーファミリー)跡のゴーカート・コース脇などに石狩坑の坑口があちこちにあった。

このエリア(一鉱・二鉱)も崩落やガス爆発事故が起こった悲しい記憶の残る場所。

 

そのような場所を遊園地にしたというのもなかなか凄い・・・。

 

私も小さい頃に両親に連れられてゴーカートで遊んだ記憶がありましたが、まさかで何百人もの命が失われた現場とは知らなかったです。

北炭夕張炭鉱 坑口

山を進むとこのようなガス抜き管のあるこの坑口跡を見つけましたが石狩坑の一つでしょうか・・・分かりません。

坑口跡(北炭夕張炭鉱 一鉱)

北上坑坑口

北炭夕張炭鉱 坑口
北上坑坑口

先ほどの天龍坑と同じようにレンガ作りのポータルが美しい北上坑坑口(開坑時期分からず・・・)。石炭の歴史村北側の駐車場近くにありました。こちらも河川名から坑口名が付けられていて、北上川(東北)が由来になっている。

北上坑では1920年にガス爆発事故が発生し212名が亡くなっている。ここから南側にある末広墓地には亡くなった方全員の名前が刻まれた「北上坑遭難者之碑」が建っている。

千歳坑坑口

北炭夕張炭鉱 坑口

1890年に夕張で一番最初に開坑した一番坑の坑口。1918年に千歳川(道内)を由来とする千歳坑へ坑名が変更された。

夕張の石炭産業遺産としてはかなり重要かつ貴重な坑口だと感じるのだが、手を入れて保存されているわけでもなく見ての通り放置状態。密封されておらずぽっかり穴が開いているが数メートルの所で土で埋められ入ることはできない。

入口は小さなレンガだけで組まれたトンネルになっているが、崩壊もせず100年以上も形を残していること自体が奇跡に思える。

丁末坑坑口

北炭夕張炭鉱 坑口

コンクリートで密閉されている丁末(ていび)坑の坑口。ガス抜き管の足元にややオレンジがかった湧水?が貯まっていた。

北炭夕張炭鉱 坑口

簡易的に角材で作られた碑が廃タイヤに建てられていた。「一鉱遭難者之碑 六十二名死去」と記されていた。

巨大煙突(北炭夕張炭鉱)

北炭化成工業所コークス炉煙突

北炭化成工業所コークス炉煙突

1958年に完成した北炭化成工業所の跡地に残された高さ63.3メートルのコークス炉の巨大煙突

信じられないくらいの高さの巨大煙突を足元から見上げると、なんかこっちに倒れてきそうでけっこう怖かったです^^;

 

倒れないんでしょうけど・・・地震の時は近づきたくないですね><

ここでは石炭を1100度以上の炉で乾留(蒸し焼き状態)し炭素部分だけを残したコークスを作っていた。乾留工程では石炭が含有するガス、軽油、コールタールなどの副産物を得ていた。

作り出されたコークスは元の石炭よりも燃焼時の発熱量が高くなり、蒸気機関車や製鉄所の高炉などを中心とした重要な燃料となっている。

北炭化成工業所コークス炉煙突

コークス炉の巨大煙突の場所には1996年に開湯した温泉「ゆうばり温泉ユーパロの湯」があったが、2017年に閉館してしまった。ちなみに、強塩泉の泉質で源泉掛け流しの湯もあった。

北炭夕張炭鉱総合ボイラー煙突

北炭夕張炭鉱総合ボイラー煙突

石炭博物館の駐車場にある北炭夕張炭鉱の総合ボイラー煙突。1953年?に建てられた煙突で、ここには石炭選炭場があった。

先ほどのコークス炉煙突同様とにかく巨大で太い煙突で、近くで見ると本当に威圧感がある。

北炭夕張炭鉱総合ボイラー煙突

2007年当時は青色の塗装に「石炭の歴史村」と書かれていたが、その後は赤茶色(えんじ色?)の塗装に「夕張希望の丘」へと記されていた。1970年代までの現役時代は灰色の煙突に「安全第一」の文字看板が付いていたはず。

その他

北炭鹿ノ谷俱楽部(夕張鹿鳴館)

北炭鹿ノ谷俱楽部(夕張鹿鳴館)

北炭が1913年に建築した鹿ノ谷俱楽部。北炭幹部の社交、賓客の接待などのために作られ、1954年には昭和天皇が宿泊された。

北炭北海道支店石炭分析所

北炭北海道支店石炭分析所

北炭が1918年に建築した石炭分析所。ここでは運ばれてきた石炭の品質検査や坑内ガスの検査を行い分析作業が行われていた。

日本基督教会夕張教会堂(アカシアの教会)

日本基督教会夕張教会堂(アカシアの教会)

鹿ノ谷にある1926年に北炭によって建設された木造の夕張教会堂。白枠の窓と赤い三角屋根が可愛らしい感じで印象的。

北炭夕張炭鉱高松ズリ捨て線

北炭夕張炭鉱高松ズリ捨て線

坑内や選炭場などから出た価値のない土砂やクズ石炭などのズリは捨てられ、積み上げられた黒い山はズリ山と呼ばれ石炭博物館の裏手には高松ズリ山がある。

山の中央に見える白い一本線はズリをベルトコンベアやトロッコのようなもので運搬するために築かれた約800メートルもの長さがあるズリ捨て線で、鉄筋コンクリートのアーチ状の橋脚とトンネルが残っている。

石炭で裂けないよう丈夫に作られたベルトコンベア用のベルトは、なんと断面の厚みが約2センチもあったらしいです。

1949年ごろから徐々に完成し、この夕張炭鉱が閉山となる1977年まで稼働していた。

さいごに

夕張神社からの景色

今回は北炭夕張炭鉱(主に一鉱・二鉱)の石炭産業遺跡めぐりの写真紹介でした。

周りには炭鉱に興味のある人がいない(当然か^^;)のですが、私は特に立坑櫓・坑口跡・ホッパー跡などを見るのが好きです。

北海道、特に夕張には坑口跡や炭鉱施設跡などの貴重と思う遺跡が数多く残っているのですが放置状態のものが多い。ただ、保存して残すにはコストも労力もかかるので現実的には厳しい。

石炭産業遺跡たちが少しでも長くこの世界に残ってくれると有難いのですが・・・また帰省した際には現地に行ってみたいと思います。

それではまた^^!

↓北炭夕張新炭鉱の写真↓

↓本町の町並みなど↓

~~参考文献~~

炭鉄港 デジタル資料館 (3city.net)

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