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三菱南大夕張炭鉱の石炭産業遺跡を巡る

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こんにちはハッピーサトさんです。

今回は夕張にあった炭鉱、三菱南大夕張炭鉱の石炭産業遺跡を巡ったときの写真紹介です。

写真は2007年4月に訪問し撮影したものです。2022年現在は、建物が崩壊していたり町の様子もかなり変わってしまっています。

2007年当時はこんな感じだったんだなぁと見て頂けたら幸いです。

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三菱大夕張鉄道 南大夕張駅

三菱大夕張炭鉱の専用鉄道だった南大夕張駅跡。1987年に廃線となり南大夕張駅は廃止され駅舎も解体され残っていない。

かつては、この地域やこの先にある鹿島地域は石炭産出で賑わっていた。また、シューパロ湖の向こう側で伐採された木材がこの駅の貯木場へと運ばれてきた。

駅舎は現存しないが当時のラッセル式雪かき車、客車、石炭貨車が保存されている。

先頭のラッセル車、三菱のマークがシッカリと残っている。1940年に北海道苗穂工場で製造されたキ100形式キ1。

客車に入ってみましたがとても美しい状態で保存されていました。木でつくられた車内の床・側面や座席の色合い、天井の照明や網棚も美しくて素敵。

国鉄時代の鉄道路線図が車内に残っていた。

これは切実な看板。雪の多い厳しい環境の地域なので、この状態で美しく大切に保存されている方々には感謝です。

保存活動をされている「三菱大夕張鉄道保存会」は、南大夕張駅の車両や石炭の歴史村のSL館などの雪下ろしや除雪活動をされています。

下記サイトでは夕張の鉄道文化財の保存活動の様子や、オリジナルカレンダー販売についての案内がありました。

三菱大夕張鉄道保存会(ooyubari-rps.net)

駅の向かい側にある建物。炭鉱で栄えていた頃は住宅や商店などが多く立ち並び人通りも多かったのかな。

※2021年時点では左側の建物は既に現存していなかった。

大夕張ダム・シューパロ湖

1962年に完成した堤高67.5メートル、堤長251.7メートルの大夕張ダム。このダムによって出来た人造湖がシューパロ湖。

※2015年に新しく夕張シューパロダム(堤高110.6メートル、堤長480.0メートル)が完成し、大夕張ダムはシューパロ湖に水没した。

三弦橋(大夕張森林鉄道 夕張岳線第1号橋梁)

1958年に完成したシューパロ湖の両岸をつなぐ全長381メートルある鉄道橋脚。三弦橋と呼ぶが正式名称は大夕張森林鉄道夕張岳線第1号橋梁。

森林から伐採された木は先ほどの南大夕張駅の貯木場へと運ばれた。1963年に夕張岳線が廃止になったため、僅か6年間で役目を終えることになった。

名前にある三弦というのは、線路部分が二弦、その上側に一弦が張られた三弦トラス構造になっていて、断面から見ると三角形の構造になっている。

湖底から高さ68メートルもある橋脚だが、この日はダム湖の水が少なくて橋脚がかなり見えていた。

もしも、ここをSL客車に乗って三角形の柱の間を走り抜け

 

湖面や遠くの山を眺めることが出来たら

 

きっと素晴らしい景色だったろうなあ・・・と思います。 

※2014年に夕張シューパロダムの試験湛水開始によって、三弦橋は水没してしまい見ることが出来なくなってしまった。

三菱大夕張鉄道旭沢橋梁

三菱大夕張鉄道線の明石町駅~千年町駅の間にあった全長72メートルの旭沢橋梁(1929年完成)。

2014年3月から始まったシューパロダムの試験湛水により水没してしまった・・・が、渇水期には姿を現してくれて国道452号線から見下ろして確認出来るようです。

この旭沢橋梁も三弦橋もダム湖に沈んでしまったとは残念><

 

時折見れるという事で幻の橋になってしまいました。

鹿島千年町

先程の旭沢橋梁から北へ進んだ場所にある鹿島千年町駅前のメイン通り。炭鉱で栄えていた頃は商店・食堂・神社などがあり賑わっていた様子。

帰り道にキツネと遭遇。なまらめんこかったけど・・・エキノコックス感染予防のために、キツネに餌をあげたり近づいてはいけません。

でも可愛かったなあ^^;

それではまた☆

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