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F1オーストラリア・グランプリ 懐かしのアデレード市街地コースを歩く

コース散歩
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こんばんはハッピーサトさんです。

F1オーストラリアGPの舞台だったのアデレード市街地コース1985年から1995年までのあいだ同じコースレイアウトでF1グランプリが開催されていました。

アデレードで開催されていた頃はオーストラリアGPはシーズン最終戦になっていて、タイトル決定に結びついたレースもあり、語り継がれるような大きな出来事もありました。

ナイジェル・マンセルがバーストでタイトル獲得を逃したり、大雨のなか中嶋悟さんがファステストラップを叩き出したり、タイトル争いをしているデイモン・ヒルとミハエル・シューマッハが衝突したり。

そして、過去何度も衝突しあい深い溝を作っていたアイルトン・セナとアラン・プロストが歩み寄り握手をし、表彰台でセナがプロストをグッと強く引き寄せて肩を組み、和解の道へと踏み出したのもこのアデレードでした・・・。

そんな歴史のあるF1コースでしたが普段は住民や一般車が行きかう一般道。そんな懐かしいアデレード市街地コースを今日は歩いてみましょう。

アデレード市街地コース – Wikipedia

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オーストラリアGP アデレード市街地コースを歩く

※Googleストリートビューなので画像内で自由にお散歩できます♪

スタート地点

スタート地点をピットロードから眺めてみる。このエリアはビクトリア公園内(競馬場があった)になっている。

このアデレードでのF1開催は1995年がラストとなったが、1990年代後半からはオーストラリア国内をメインに開催しているV8スーパーカー・シリーズがこのアデレード市街地コースのショートコースでレースを行ってきた。

V8スーパーカー・シリーズのレースはYouTubeや以前はDAZNでも見ることが出来たが、オンボード映像を見ていると90年前後の当時のオンボード景色が蘇ってくる。

ターン1~2(セナ・シケイン)

第1コーナーのセナ・シケイン。やや緩やかな左・右・左の連続コーナー。

1994年の予選中にミハエル・シューマッハ(ベネトン・フォード)がスピンしタイヤバリアに接触しマシンを大破させた。

ターン3(セナ・シケイン出口)

1991年の大雨となったアデレード市街地での最終戦、中嶋悟さん(ティレル・ホンダ)の引退レースだったがスピンしウォールに衝突。このイン側の縁石にマシンを乗せる形でリタイアとなった。

雨のナカジマさんのアデレードの奇跡をまた見たかった。

 

物凄く気合入れて最終戦を応援していただけにショックだったのを覚えています。

無事にセナ・シケインを抜けると市街地・一般道のウェイクフィールドストリート。

ターン4(ウェイクフィールド・コーナー)

市街地エリア最初の交差点を右折していく。

ターン5(イーストテラス・コーナー)

1994年のタイトル決定最終戦となった決勝、ここでミハエル・シューマッハ(ベネトン・フォード)がコースオフし左コーナー出口に設置されたウォールにヒット。コーナーを抜けたところですぐ後ろにはデイモン・ヒル(ウィリアムズ・ルノー)が迫っていた・・・

ターン6

先ほどのイーストテラス・コーナーで壁にヒットしたミハエル・シューマッハが追い抜きにかかったデイモン・ヒル(ウィリアムズ)へ幅寄せし接触した右コーナー。

シューマッハのマシンはヒルのタイヤに乗り上げ、45度傾いて片輪走行状態になったのちタイヤバリアに突っ込みリタイア。ヒルの王座決定かと思われたがヒルの左フロント・サスペンションのアームは折れておりピットに戻るがそのままリタイアに・・・。

物議を醸したシューマッハの衝突による初タイトル決定だった。

このフリンダーズ・ストリートを右折しハット・ストリートへむかう。

ターン7・8(ハット・ストリート)

ハット・ストリートにある緩やかな左・右のS字コーナー。F1開催時はコンクリートウォールに囲まれているが、日常はとても見晴らしの良い交差点になっている。

V8スーパーカー・シリーズではここを右折してブラバム・ストレートに抜けるショートコースでレースが行われていた。

ターン9

ここの交差点を右折しブラバム・ストレートへとつながる短いジョーンズ・ストレート(ランドル・ロード)へ向かいます。

ターン10(モルトハウス・コーナー)

短いジョーンズ・ストレート(ランドル・ロード)のエンドにある交差点を右折すると、最高速を記録するバックストレートのブラバム・ストレートへ。

1995年にはミカ・ハッキネン(マクラーレン・メルセデス)がここでコントロールを失いスピンし、縁石に乗り宙を舞いながらタイヤバリアにクラッシュ。ハッキネンは舌を噛み意識を失った状態で救出されグランプリを欠場した。

ブラバム・ストレート

片側3車線のとても広く見晴らしの良い直線。

1986年のタイトル決定戦となった最終戦、このあたりでナイジェル・マンセル(ウィリアムズ・ホンダ)の左リア・タイヤが突如バーストしリタイアしタイトル獲得を逃した・・・。

マンセル、ピケにもタイトル獲得の可能性があったが、アラン・プロスト(マクラーレン・TAGポルシェ)が優勝し2年連続のチャンピオンに輝いた。

ターン11(デケットビル・ヘアピン)

ブラバム・ストレートのエンドにある右ヘアピン。

ターン12

一般道(ウェイクフィールド・ロード)から斜め左側のビクトリア公園内の道へと進みます。

左側に入らずこの通りを真っ直ぐ進んでいくとセナ・シケインの出口へとつながっている。

ターン13~15

最終コーナー手前にある左・左・右と続くコーナー。

1992年の決勝レースでは、この年限りでF1を去りインディカー・シリーズへと渡るナイジェル・マンセル(ウィリアムズ・ルノー)にアイルトン・セナ(マクラーレン・ホンダ)が追突してしまい両者リタイアとなってしまった。

ターン16(最終コーナー)

ファイナルラップにこのヘアピン状の最終コーナーを無事通過すればゴール。

目の前に見えるのはピットレーンの入口で、後ろに見えるのが走行コース。

フィニッシュ

フィニッシュラインでは名物「チェッカーフラッグおじさん(Glen Dix)」がコース上で待ち構えていて、マシンすぐそばで全身全霊でフラッグを振りゴールを祝福してくれます。

走行中のマシンから目と鼻の先でチェッカーを振るなんて、現代では考えられないです結構怖いですよね^^;

※グーグルでGlen Dix F1などと英語で検索するとグレン・ディクスさんの映像や記事がまだ結構でてきます^^

↓2013年の地元ニュース?に登場したディクスさん↓

アデレードでのF1開催初年度の1985年からラストイヤーとなった1995年までの11年間チェッカーを振り続けた。そして、アイルトン・セナF1最後の優勝となった1993年オーストラリアGPでチェッカーフラッグを担当したのもグレン・ディクスさんだった。

ディクスさん、オーストラリアでのF1開催の歴史を一番間近で体感し続けた証人のように感じます☆

それではまた^^!

↓1995年オーストラリアGP 予選・決勝結果↓

予選トップ6

PP デイモン・ヒル ウィリアムズ・ルノー
2位 デビッド・クルサード ウィリアムズ・ルノー
3位 ミハエル・シューマッハ ベネトン・ルノー
4位 ゲルハルト・ベルガー フェラーリ
5位 ジャン・アレジ フェラーリ
6位 ハインツ・ハラルド・フレンツェン ザウバー・フォード

決勝トップ6  

1位 デイモン・ヒル ウィリアムズ・ルノー
2位 オリビエ・パニス リジェ・無限ホンダ
3位 ジャンニ・モルビデリ フットワーク・ハート
4位 マーク・ブランデル マクラーレン・メルセデス
5位 ミカ・サロ ティレル・ヤマハ
6位 ペドロ・ラミー ミナルディ・フォード

↓オーストラリアGP メルボルンのコース散歩↓

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