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足尾銅山のトロッコに乗り坑道見学&本山製錬所の写真

旅景色
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こんばんはハッピーサトさんです。

昔はダムや炭鉱遺跡(北海道)巡りをよく行っていたのですが、今回は足尾銅山へ訪問した時の写真紹介です。

なぜ栃木県にある足尾銅山へ行ったかというと坑道を歩いて自由に見学できると知ったからです。

写真は2008年に訪問し撮影したものです。

坑道見学は現在もできますが、旧製錬所周辺の施設などは取り壊されて現存しない遺跡もあったりします。

ですので、当時はこんな感じだったんだなぁと見て頂けたら幸いです。

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足尾駅

足尾駅

都内から車で移動していたのですが、レトロ感満載の足尾駅に寄って見ました。

足尾駅

電車の本数はほぼ1時間に1本なので移動に注意。

足尾駅

古い車両が展示?されていた。これからむかう足尾銅山の坑道見学は、この隣の通洞駅が最寄り駅となる。

足尾銅山観光

足尾銅山

坑道のある足尾銅山観光に到着。入場券ではなく「入坑券」と書かれている時点で炭鉱好きの私の気持ちは高ぶってしまう^^;

入坑する前に足尾銅山について少し振り返ってみる。

・1610年、鉱床が発見され江戸幕府直営の銅山として銅の採掘開始。

・1880年代、日本の銅生産の40%を占める日本一の銅山になる。

・1890年代、鉱毒問題(鉱毒排水や鉱毒ガス)が表面化。

・1901年、田中正造が鉱毒被害を明治天皇へ直訴を試みる。

・1973年に閉山。

・1980年に足尾銅山観光がオープン。

戦後の高度成長期よりも前に起こった政府を巻き込む公害事件で、教科書でも足尾鉱毒事件が載っていたと思います。

製錬所から出る鉱毒ガスは木々を枯らし近隣の山をはげ山にし山崩れを引き起こした。鉱毒排水(物質)により渡良瀬川では魚の大量死や、川から取水する田畑への被害をもたらした。

足尾鉱毒事件 – Wikipedia

北海道の炭鉱坑口を巡ったりもしましたが、炭鉱も足尾銅山も国を支えるヤマだったことも確かだが暗い背景を持つ負の遺産。

炭鉱では坑内のガス突出や爆発による多くの死者や中毒者を生み出し、足尾銅山では鉱毒により周辺環境、生物・人へ甚大な被害をもたらした。

夕張炭鉱も足尾銅山も現在はテーマパークとして残っているが、こうした過去への興味を深めたり体感・実感する貴重な場。維持をして保存するのも大変ですがぜひ残し続けて欲しい。

それではトロッコ電車で実際の坑道へと出発します。

トロッコ電車

足尾銅山トロッコ電車

トロッコ電車に乗り坑道へと進む。自分の意志で歩いて坑道に入るのではなく、人車で暗闇に送り込まれる感覚がとても良い。

足尾銅山トロッコ電車

1986年に完成した足尾銅山の通洞坑坑口。扁額には通洞坑と記されており、ポータルにはしめ縄もあった。坑口そばには小さな赤い鳥居。

通洞坑坑内

足尾銅山 通洞坑坑内

夏でもヒンヤリとする坑内に到着。この通洞坑は本山坑と小滝坑に繋がっていたという。

足尾銅山 通洞坑坑内

トロッコ軌道の先は柵で立入り禁止になっている。坑口から6.5キロ先までレールが伸びているらしいが、真っ暗で奥の方は覗き込んでも見えかった。

足尾銅山 通洞坑坑内

僅かな照明の灯りが幻想的だった。トンネルを支える支持材(坑木)が見える。

足尾銅山 通洞坑坑内

フラッシュで撮影するとこんな感じ。

足尾銅山 通洞坑坑内

坑内は水が滴りひんやりとしていて苔が生えていた。

足尾銅山 通洞坑坑内
足尾銅山 通洞坑坑内

坑内の岩が青緑色になっている部分は、地下水が鉱脈を通るときに銅の成分を溶かし染み出た硫酸銅が付着して固まったもの。

足尾銅山 通洞坑坑内

こちらは自然の沈殿銅。

足尾銅山 通洞坑坑内

坑内にはマネキンが置いてあって、各時代の作業の様子が伝わってくる。

江戸時代の手掘り坑夫。槌とたがねを使って完全に人力で掘削作業を行っていた。

足尾銅山 通洞坑坑内

坑内湧水を器や桶で排出する水替人夫のマネキン。

足尾銅山 通洞坑坑内

掘削機を使っていた頃の様子。稼働当時、坑口付近にエアーコンプレッサーが置かれていたそうです。

足尾銅山 通洞坑坑内トロッコ

錆び錆びのトロッコとレール。

足尾銅山 通洞坑坑内 休憩所(喫飯所)

坑内で弁当休憩する坑夫たち。坑内崩落の危険と隣り合わせで気は休まらなかったでしょうね・・・。

ただ、炭鉱と違いガス突出事故などの恐れが無かったせいなのか、この休憩所「喫飯所」ではタバコも吸っていたとのこと。

 

坑道見学の終盤には資料館があり、足尾銅山で採掘された様々な鉱石が展示されていた。

足尾銅山の展示物

坑口出口

足尾銅山の通洞口

坑内から出てきました。

足尾銅山の通洞口のトロッコ

屋外にもトロッコが展示してあります。

寛永通宝のモニュメント

足尾で採掘された銅から作られたことを意味する「足」文字の入った寛永通宝のモニュメント。他にも足尾の銅は日光東照宮や増上寺の部材にも使われていた。

さて、資料館の中には製錬所で銅や副産物の濃硫酸が製造される工程が解説されていました。

足尾銅山の製錬工場の解説

それでは、その精錬所施設を見に行ってみましょう。

本山製錬所の廃墟群

製錬所施設 

足尾銅山の本山製錬所

こちらが1884年に設立された本山製錬所。足尾銅山が閉山した後も1989年まで稼働していた。写真を取り忘れてしまいましたが、この左手には硫酸の貯蔵タンクが3基あった。

この一帯の製錬所施設は私が訪問した翌年2009年から2010年にかけて大部分が解体され現在は残っていない。

足尾銅山の本山製錬所

手前の建物には足尾製錬の錆びた文字看板が残っていた。涙の跡のような錆のラインが哀しい。

※2022年現在、既に白い建物と鉄骨むき出しの建物は取り壊されて現存しない。

足尾銅山の本山製錬所

製錬所の敷地から赤茶色に錆びたラッパのような管が渡良瀬川の真上まで伸びていた。これは排気管なのかな?何だったんだろう・・・。

巨大煙突

足尾銅山の本山製錬所の巨大煙突

製錬所北側にある巨大煙突。1915年に施設が完成したが亜硫酸ガスによる煙害が広がる結果となり2カ月ほどしかこの巨大煙突は稼働しなかったらしい。

炭鉱もそうですが廃墟群やゴーストタウンに残された巨大煙突を見ると、ヤマがまだ生きているかのように錯覚する。

足尾銅山の本山製錬所の廃墟

製錬所施設のアップ。屋根などがはがれ廃墟になっている。

※2022年現在はこの一帯の施設も取り壊されて基礎部分や巨大煙突だけが1本残っている。

足尾銅山の本山製錬所の巨大煙突とはげ山

本山製錬所の周辺は長年排出された亜硫酸ガスによる汚染のせいなのか、現在も草木のないはげ山のままになっていた。

煙害の原因となった有毒の亜硫酸ガスを排出しないための技術改良が進み、1956年には有害作用を持つ硫黄分を除去する脱硫技術を実用化。その開発された脱硫技術は国内外の製錬所でも活用されるようになったそうです。

足尾銅山の本山製錬所の巨大煙突とはげ山

亜硫酸ガスの煙害により荒廃し植物が育たないはげ山が生まれてしまった足尾では、1900年ごろから治山が行われている。

戦後の1950年頃は治山活動もむなしく周辺ははげ山のままだったが、植生盤を貼り付ける緑化工法や、従来困難だった急斜面や奥地もヘリコプターを使った緑化工法が導入され、1960年代以降は緑化が進展した。

治山開始から100年以上たった現在でも自然を回復させるため植樹活動などが続けられている。公害問題がいかに長期間影響を及ぼすか痛感しました・・・。

NPO法人 足尾に緑を育てる会

古河橋

古河橋

1890年にドイツから輸入して架けられた鉄骨と木材を組み合わせた道路鉄橋の古河橋

後ろに白い精錬所の建物と緑の橋梁(線路)が見えるが、製錬所敷地内には足尾本山駅という貨物駅が設置されていた。

小滝エリア

小滝坑坑口(旧)

小滝坑坑口(旧)

1888年に開坑した小滝坑坑口。江戸時代からあった坑道を再開発したもの。ただ、坑内電車の導入などもあり数年後には下記の坑口がメイン坑道になった。

小滝坑口

小滝坑坑口

こちらがメインの小滝坑坑口で、1891年には通洞坑、1897年には本山坑と貫通した。1954年に閉坑となっている。

元々この地域には下駄づくり小屋が1件しかなかったが、銅山施設や住居が増え病院や学校も建ち、最盛期の1916年には人口1万人を超えたという。

足尾銅山の坑道略図

通洞坑、小滝坑、本山坑のザックリとした接続の案内図もありました。

小滝坑口の鉄橋

当時はこの鉄橋を坑内電車やガソリン機関車が走っていたのですね。

小滝火薬庫

小滝火薬庫

1881年から1907年頃まで使用されていた火薬庫

その他

間藤水力発電所

間藤水力発電所

1890年に完成した間藤水力発電所の配水管。間藤水力発電所で発電された電力で、銅山坑内の排水、立坑の巻上げ機、照明などに使用された。

有越鉄索塔

有越鉄索塔(ロープウェーの支柱)

1939年に建てられたロープウェー(索道・鉄索)支柱の有越鉄索塔。通洞選鉱所から物資や廃石、廃泥を運搬するために使用されていた。

足尾砂防えん堤

足尾砂防えん堤

1955年に完成した足尾砂防えん堤(足尾ダム)。堤高39メートル、堤長204メートル、川が7段に分かれて流れ落ちる景色が美しかった。堤体にニホンカモシカの壁画が描かれている。

本山鉱山神社

本山鉱山神社

1889年に坑夫の安全と企業繁栄を祈願して建立された本山鉱山神社の一の鳥居。ここから奥に進んでいくと拝殿・本殿がある。

貯水槽?

なにかの廃墟

さいごに

日光の紅葉

実際の坑道を見学するのは北海道夕張市にある夕張炭鉱の坑道に続き、今回の足尾銅山の坑道が2か所目となりました。

全国でも実際の坑道を見学できる箇所は非常に珍しいのでとても貴重な体験でした。

あと、せっかくなので日光の華厳の滝も見に行きました^^;

華厳の滝

それではまた☆

参考元

足尾銅山の世界遺産登録を推進する会

日光市/足尾銅山の産業遺産の紹介 (nikko.lg.jp)

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