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F1カナダ・グランプリのジル・ヴィルヌーヴ・サーキットを歩く

コース散歩
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こんにちはハッピーサトさんです。

今回はカナダ・グランプリが開催されるジル・ヴィルヌーヴ・サーキットを散歩をしてみたいと思います。

カナダGPは1967年に初開催され当初はモスポート・パークとモントランブランのサーキットが使用されたが、1978年以降はこのケベック州モントリオールにあるジル・ヴィルヌーヴ・サーキットが使用されている。

サーキットは川に浮かぶノートルダム島(人口島)につくられたもので、元々サーキット名はサーキット・イル・ノートルダムだったが、その後1982年ベルギーGP予選中に事故で亡くなった地元カナダの人気F1レーサ名であるジル・ヴィルヌーヴの名が付けられた。

ちなみにこのサーキットでF1初開催となった1978年カナダGPでは、F1デビュー2年目のヴィルヌーブ(フェラーリ)が地元で自身初のF1優勝を果たした。

それでは早速ジル・ヴィルヌーヴ・サーキットを歩いてみましょう^^!

ジル・ヴィルヌーヴ・サーキット – Wikipedia

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カナダ・グランプリの舞台ジル・ヴィルヌーヴ・サーキットを歩く

※Googleストリートビューなので画像内で自由にお散歩できます♪

上空からぐるりと見下ろすと人工島の全景が見えます。サーキットの南北にあるヘアピンを結んだ縦長のレイアウト。

スタート地点

スタートラインには地元ケベック州の伝説レーサー、ジル・ヴィルヌーヴにむけ「Salut Jilles(またね、ジル)」とフランス語でメッセージが描かれている。

1982年カナダGP決勝レースでは、スタート時にストールして停車しているディディエ・ピローニ(フェラーリ)に追突したリカルド・パレッティ(オゼッラ)が亡くなってしまっている。

グランプリ時の死亡事故は1982年のジル・ヴィルヌーヴとリカルド・パレッティ以降、1994年のサンマリノGPまでしばらく発生しなかったのだが・・・

ターン1

最終コーナーからフルスロットルで駆け抜けてきたマシンはフルブレーキングで1コーナーへ突入。

スタート直後に横並びで突入してきてアウト側のマシンが押し出されるなどの混乱も起きやすい。

ターン2

ターン2はサーキット最南端にあるヘアピン。普段は自転車や車でも通行できる公園になっていて、ランニングしている方も見えますね^^

コースの中央部分がパイロンで左右に仕切られていますが、左側が自転車、右側が自動車用のレーン(制限速度30km/h)になっているハズです。

ターン3・4

レース時はこの道路の分岐を右に入りシケイン状のターン3・4をクリアしていく。

このあたりからコンクリートウォールに挟まれエスケープゾーンのない区間を進んでいくため、縁石に乗ったり雨で足元をすくわれるとウォールに即クラッシュし、セーフティーカーが出動したり赤旗中断となったりする。

ターン5

コース幅が狭くウォールに挟まれた区間の緩やかな右コーナーがターン5。

1997年にはオリビエ・パニス(プロスト・無限ホンダ)がウォールに激突クラッシュする事故により赤旗レース終了。パニスは両足を骨折し7戦を欠場することに・・・。

ターン6

エスケープゾーンがありちょっと視界が開けるターン6。空が綺麗。

ターン7

自転車で気持ちよく走っている。ルーバーのような細かな切れ目の段差が入っているような縁石。

風を切りながらダダダダダンっと縁石を使いながら走ってみたい^^

ターン8・9

コースを横切る橋をくぐりブレーキングし突っ込む右左のターン8・9。

ロバート・クビツァの事故現場

ターンではないですがヘアピン侵入手前の緩やかな左カーブ。

2007年にはロバート・クビツァ(BMWザウバー)がヤルノ・トゥルーリ(トヨタ)と接触し芝生にはみ出た際にマシンが跳ねてフロントが浮き上がってしまい、時速270km/hで滑空状態のまま真っ直ぐコンクリートウォールに激突。

マシンは地面に叩きつけられながら回転しヘアピンでやっと止まったが、恐ろしいほどにマシンは大破しモノコック前方に空いた穴から両足とペダルが見えてしまっていた・・・。

BBC SPORT | Motorsport | Formula 1 | BMW Sauber’s F1’s history

あのとき、言葉にしたくないけれど重大事故になってしまった・・・と思って血の気が引いたのを覚えています。

このカナダGPでの大事故と、その後の2011年のラリーでの大事故(ガードレールがマシン内を貫通、右腕切断の危機)、2度の大事故から生還して改めて2019年位フル参戦でF1復帰したときは驚きましたし嬉しかったです。

ターン10(ヘアピン)

フルブレーキングで突っ込むサーキットの最北端部にあるヘアピン。これはレースウィークの記念撮影なんでしょうかね^^?

1986年まではこのヘアピンを抜けたすぐ先がピット入り口&スタートラインになっていた。

ここでは1991年にファイナルラップにトップを走行していたナイジェル・マンセル(ウィリアムズ・ルノー)が、ウィニングラン状態でヘアピンの観客に手を振りながら低速で通過しているときに誤ってキルスイッチを押してマシンがストップ・・・信じられない凡ミスで優勝から転落(6位完走扱い)してしまった、涙。

と、ずっと思っていたのですがエンジンストップの背景どうやら、低速で走行していたのにマンセルがシフトダウンをしなかったため、想定していなかった回転数まで落ちてしまったことでエンジンがシャットダウンしてしまったという事らしいです><

A・ニューウェイ自伝のFW14チャプターのP244に上記真相が書いてありました^^;

ターン12

フルスロットルで通過するほぼ直線のターン12。右手にはモンレアル(モントリオール)カジノがあり、左手の川は1976年モントリオール・オリンピックのボート競技会場だった。

1990年代までは各チームがピット内にある資材で即興で作ったイカダでレースをするイベントが名物だった。

ドラム缶?タンク?のようなものでF1マシン型っぽく作り上げた本格的な物から、木材だけで組んだ原始的なイカダまでエントリーしていて、楽しかった印象が残っています^^;

↓ボートコースも前後だけですが散歩できます↓

ターン13・14(チャンピオンズ・ウォール)

最終コーナーは、ナイジェル・マンセル、ミハエル・シューマッハ、デイモン・ヒル、ジャック・ヴィルヌーヴらがスピンやウォールへの激突クラッシュの餌食となり、歴代チャンプを苦しめた難所として認知され「チャンピオンズ・ウォール」と呼ばれるようになった。

2007年には佐藤琢磨選手(スーパーアグリ・ホンダ)が元チャンプのフェルナンド・アロンソ(マクラーレン・メルセデス)をこのシケインでアウトから抜き去るという衝撃的なオーバーテイクを見せた。

戦闘力が低く下位チームとして苦しい状況だったスーパーアグリが、トップチームだったマクラーレンを抜いてしまったので、信じられないようなウルトラ下剋上オーバーテイクでしたし、佐藤琢磨さんらしい魂のアタックに大興奮でした☆

フィニッシュ

ということで今回は1周4.361km、徒歩で50分、自転車で13分、車で9分、F1マシンで1分10秒のジル・ヴィルヌーヴ・サーキットを歩いてみました。

個人的には、大好きだったナイジェル・マンセルがトップ走行中に凡ミスから自滅した1991年、そして、ジル・ヴィルヌーヴと同じく27番を付けたフェラーリでジャン・アレジがF1初優勝をした1995年のカナダGPが印象に強く残っています。

F1ショップで昔入手したマンセル&アレジの写真^^☆

それではまたどこかのコースでお会いしましょう^^!

↓1978年カナダGP(モントリオール初開催年)予選・決勝結果↓

予選トップ6

PP ジャン・ピエール・ジャリエ ロータス・フォード
2位 ジョディー・シェクター ウルフ・フォード
3位 ジル・ヴィルヌーヴ フェラーリ
4位 ジョン・ワトソン ブラバム・アルファロメオ
5位 アラン・ジョーンズ ウィリアムズ・フォード
6位 エマーソン・フィッティパルディ フィッティパルディ・フォード

決勝トップ6  

1位 ジル・ヴィルヌーヴ フェラーリ
2位 ジョディー・シェクター ウルフ・フォード
3位 カルロス・ロイテマン ウィリアムズ・フォード
4位 リカルド・パトレーゼ アロウズ・フォード
5位 パトリック・デュパイエ ティレル・フォード
6位 デレック・デイリー エンサイン・フォード

懐かしのF1オールドコース散歩

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